ミスターDJ 糸井五郎

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ミスターDJ 糸井五郎

12月28日は「ディスクジョッキーの日」と定められております。
そしてまた、日本のディスクジョッキー(DJ)の草分け的存在である糸居五郎の命日でございます。

それだけ日本のラジオ界、音楽界に名を知らしめた『ミスターDJ』

「夜更けの音楽ファンこんばんは。朝方近くの音楽ファンおはようございます」
「君が踊り僕が歌う時…」
「ゴーゴーゴー!エンド・ゴーズオン!」

ニッポン放送が1967年10月に深夜放送『オールナイトニッポン』の放送を開始し、糸井五郎は初代DJの一人として月曜日を担当しました。
『糸井五郎のオールナイトニッポン』の始まりです。

あの独特の語り口調はもちろん、音楽と語りの絶妙なタイミングが持ち味だでございました。
番組中の、音楽・語り・CM・ジングルなど全てが、ひとつのリズムで束ねられた作品として聴かせてくれました。
前の曲のフェードアウトの余韻を次の曲のイントロと思わせるが如く絶妙なつなぎかたの合間に、曲の中に挿入するような語り。
CMによって番組が分断されないようにジングルや曲を入れてくる、リスナーのストレスをいかに排除するかを優先していたのでした。

他に例を見ない独自の番組進行はなぜっできたのでしょう。
彼は番組自体を自らプロデュースし、レコードセッティング・ジングルやCMの挿入・マイクのスイッチング・音量の調整などすべて一人でこなしていたのでございます。
音楽番組を作るということに対する強いこだわりでございました。
だからなのでしょう。一つの曲を普通に聴くよりも番組の中で同じ曲を聴くほうがどこか魅力的でした。

自分が曲を選び、自分でレコードを回し、自分の語りのバックにも曲を流すというアメリカンなディスクジョッキースタイルは誰も真似できませんでした。
「しゃべり手と皿回しは一人でいい」という信念が背景にあるのでしょう。曲の情報や資料もご自身で集めていたそうです。
誰よりも早く本邦初公開の新曲を聞かせてくれたのもこんなご本人の努力あってのものでしょう。

三つ揃いのスーツに身を包んでいた長身のダンディは1971年50歳の誕生日を迎えた時に『50時間マラソンジョッキー』を敢行しました。
今の「24時間テレビ」の比ではありませんね。

「This is 糸井五郎」としての変わらぬ独自のスタイルが、時代の最先端を駆けていく。

不世出の「ミスターDJ」に違いありません。

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